[ひとりごと4]
私は1年の中で未来と過去を意識する時が、年に2回ある。
1つは新年で、もう1つは誕生日。
新年は未来専門。
「今年こそは○○するゾ!」と燃えている。
誕生日は過去専門。
「うわぁ、もう○○歳になってしまった」と、何も成し遂げていない過去を振り返り、不甲斐ない自分にガックリする。
子供の頃からずっとこれの繰り返し。
自慢じゃないが、振り返って満足したことがない。
大抵は、年末になると、また今年も出来なかったなあと思っている。
私が毎年繰り返しているのは 主に“やりたいこと探し”。
何かに一心不乱に熱中したいという憧れというか、欲望があって、没頭できるものを探している。
子供の時は直ぐに熱中した。親が呆れるほど没頭した。だけど没頭し過ぎて、疲れて、燃え尽きて、やがて飽きてしまう。
懲りずにまた別のことに没頭する。やりたいことだけは次々に出てくるので 退屈はしないけど、決して長続きしない。
コツコツ、一段一段が大の苦手。階段ですら一段飛ばしをしてしまう。
コツコツをすっ飛ばそうとするので、熱が冷めると気持ちが続かない。
一流に憧れても、努力が続かない限り決して一流にはなれないと 分かってはいるが、気付くと決心すら忘れていたりと情けない。
今では熱中することが無くなり、熱中したさに 没頭できることを探している。
私の幼馴染の1人は、幼稚園の時からパイロットになると言っていて、本当にパイロットになった。このまっすぐに登っていく生き方が私の憧れ。すでに人生の半ばを過ぎた今も、そういう生き方をしたくて仕方がない。
もしかして、私はいまだに自分探しをしているのかな。
はてさて、この自分探しへのエネルギーは、嫌でも年齢によって変化してくるようだ。
学生の頃は純粋に「今年こそは!」と燃えた。
社会人になると「心機一転」とか「初心に戻る」とか自分を励ましながら燃えようとした。
ベテラン年齢になった今は、焦りが出て、「排水の陣だ~」と 無理やり燃えようとしている。
だんだん決心が劣化しているのを感じるけど、それでも「今年こそは!」みたいなのがないと、ダラ~と流されて あとで後悔しそうなので、私にとっては新年の心のリセットは大事な儀式。
きっと、ほかの人も、決意でなくても1年の気持ちにメリハリは必要だと思う。
1年間の1区切りに感謝するだけでも心はリフレッシュする。
この大きな節目が新年ではなく、新学期の人もいれば、地元のお祭りの人もいるかもしれないけど、やっぱり世の中の空気が一変する新年は特別な香りがする。
だけど今年は新型コロナのせいで帰省や初詣をいつも通りに出来なかった人が多かった。
私も「よっしゃ~!」という気持ちにはなれなかった。
初詣などの一般的な慣習に左右されない私は、淡々と今を受け止めるだろうと思っていたのだが、私の心も世の中の空気の影響を驚くほど受けた。
どうやら、いつもの高揚感は、周りの空気からもらっていたようだ。
みんな一体なのだなと改めて思った。
今年の年賀状は平穏を願う声が多い。
今年こそは、新型コロナウイルスが収束し、世界に平穏が戻ることを私も心から願う。
今も闘いの真っただ中。
なので、私は新年の心のリセットはお預けにし、コロナが収束した時に改めてリセットしたいと思う。
どうか半年後には世界中が笑っていますように。
2021年1月