ナンチョーな私の気まぐれ日記

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ナンチョーな私の気まぐれ日記(55)続:とても厳しい日本の聴覚障害の認定基準《語音明瞭度編》

前回は、純音聴力検査の障害の基準が世界と比べても日本は厳しいという話をしました。今回はその続きで『語音明瞭度』の話です。語音明瞭度とは、耳に入ってくる語音をどれくらい正しく聞き取れるかを表す割合のことで、難聴者の多くは、難聴の進行とともに、...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(54)とても厳しい日本の聴覚障害の認定基準

私は20代で難聴を発症した中途難聴者です。発症時は軽度で、徐々に進行が進んで今は障害者。元々が健聴だったので、軽度難聴の時も 聴力に問題が出るたびに落ち込んでいました。ところが、それが過去になると、現時点より遥かにマシなので せめてあの頃に...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(53)難聴者の電話事情【仕事の電話】

私は進行性難聴で、今も聴力低下が止まりません。私が難聴を発症したのは20代の時。社会に出た時は、皆と同じ健康な耳でした。発症時の難聴度は軽度。徐々に聴力が低下し、今は重度手前です。ゆっくり進行したので、難聴発症後も仕事で電話はずっと取ってい...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(52)夢の変化、心の変化

あなたは夢を見ますか?夢は、誰でも毎晩見ているようですが、記憶に残るかどうかは人によって違うようです。私は夢の記憶が残りやすいタイプなのか、夢は毎日見ているし、子どもの頃は目覚めた時に2~3個の夢を覚えていることが多かったです。繰り返しよく...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(51)「障害を乗り越える」=Re-start=

昨年、私の中でちょっとした意識の変化がありました。前回の「ナンチョーな私の気まぐれ日記(50)変動の地獄、安定の幸せ」に書いたので、ここでは詳細を書きませんが、変動し続けた聴こえの不安定さが少しマシになったことで、安定さえすれば今より悪化し...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(50)変動の地獄、安定の幸せ

私は20代の時に、進行性の難聴を発症しました。今は障害者ですが、発症時は軽度で、ゆっくり進行したため、仕事も生活もそのまま健聴者として生きてきました。そのため、障害者の仲間入りをした時も 難聴の知人は1人もおらず、あまりの孤独感から難聴者の...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(49)挨拶を無視したと誤解される悲しさ

挨拶が苦手という人は多いけれど、私は身体的に苦手です。どういう意味かというと、難聴のため、声で挨拶されても気付けないからです。“声が出せるなら問題ないのでは?”と 思った人もいると思いますが、人間関係は一方通行では成り立ちません。自分から挨...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(48)親切なようで、残酷な言葉

健聴者が 大して深い意味もなく話すことの中には、難聴当事者が不快だったり、傷ついたりする言葉があります。残酷な言葉は沢山ありますが、今日、取り上げるのは、親切で言っているかもしれないので、言い返しにくい言葉についてです。ちょっと反論しただけ...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(47)耳の状態で変わる聴こえの変化

健康な耳であれば、ザワザワガヤガヤ騒がしい環境の中でも、相手の話を拾うことができます。そんな健聴者も、電車通過中の橋の下など、激しい騒音下では、声が騒音にかき消されます。今の私は難聴です。20代で難聴を発症し、同時に非常ベル級の大音量の耳鳴...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(46)障害を受け入れるのは本人より周り?

人生は決して楽ではありません。障害の有無に関わらず、誰もが努力して自分の道を切り拓いていきます。健康でも大変ですが、障害を負うともっと大変になります。障害とは生きるのに必要な機能が極度に足りないか失われているために自力ではどうしようもないこ...
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