私は社会に出て数年後に難聴になりました。
20代の半ばで進行性難聴を発症してしまったのですが、最初は軽度出発で、耳に限界が来るまで電話は取っていました。
私が社会に出た頃は、まだ電話は女性が取るものという意識が色濃く残っていました。
今はそういう差別は減っていますが、会社によってはそういう体質を今でも引きずっている所はあります。
実は私が働いている会社も5~6年ほど前まで、電話や雑用は女性がするみたいな雰囲気でした。今は改善されていますが。
その中でも私の部署はかなり意識が古くて、私が電話を取るのを止めたのは10年ほど前なのですが、当時は難聴だと伝えても「電話取って」プレッシャーがすごくて、そのため限界を越えるまで電話を取らされていた感じです。
そんな感じだったので、幸か不幸か 私は難聴の段階ごとの苦労を味わうことができました。
せっかくの体験なので、難聴を発症してから、私が「電話を取りません」と宣言するまでの苦労話をしたいと思います。
ちなみに 難聴者は聞き取れない言葉を前後の脈略や状況から推測して聞きます。
健康な耳の人よりも脳内は必死なのですが、周りの人には普通に聴こえているように見えるため、難聴だと伝えても「電話を取って」と言われてしまいます。
だけど、平気そうに見えても、平気ではありません。
そのことを知っていただけたらなあと思いながら書きます。
■難聴発症前の私
電話の応対については、健康な耳の人も得手不得手はあります。
なので、私の健聴な状態を知らないと難聴の苦労が分かりにくいと思うので、耳が健康だった時の状態から話を進めていきたいと思います。
私が難聴を発症した時の仕事は営業アシスタントでした。
今のように全員に携帯電話を支給するような時代ではなかったので、会社に掛かって来る電話量は多かったです。
自分の配属されている部に掛かって来る電話は全て私に回ってくるし、その合間に鳴っている電話も取るので、営業時間内の9割は受話器を握りしめていたと思います。
営業時間が過ぎて電話が減ってから、本来の仕事である事務作業に取り掛かる感じだったので、当時は毎日が終電、早くて21時あがりという生活で、ストレスは凄かったです。
日中の電話はクレームの怒鳴り声も多く それをガンガン聞いていて、お昼の休憩時間には耳が大騒音を聴き続けた後のように疲弊しているのを感じていましたから、難聴を発症した時、原因は絶対に電話だと思いました。
実際のところは、原因不明です。
だけど ストレスを耳で受けていたことが引き金を引いたのは間違いないと思っています。
ちなみに私は 電話自体は苦手ではありませんでした。
むしろ得意だったかもしれません。
たまに社内に人があまりいない時に一斉に何本もの電話が掛かって来ることがあったのですが、そんな時は保留しながら電話中に電話を取り、複数の電話を同時処理していました。
同時処理と言っても、もちろん交互に処理するのですが、相手が不快にならない程度の短い保留で対応せねばなりません。かけ直すか保留で対応するかの判断を瞬時にして行くあの緊張感は、私は結構好きだったかもしれません。
忙し過ぎて不満だったというのはあったけど、電話業務自体は何の問題もありませんでした。
そんな私が、徐々に電話が苦手になっていきます。
■会社名が聞き取れない
難聴を発症した時に勤めていた会社は、発症してから1年後に辞めました。
辞めたのは耳が原因ではなく、やりたい仕事を求めての転職でした。
幸い発症から1~2年は耳鳴りが煩いという悩みはあったものの、会話や電話に支障が出るほどではありませんでした。
なので 転職した会社でも1年ほどは 健聴だった時とあまり変わらず普通に過ごしていたと思います。
私が転職したのは 小さな会社の企画部でした。
電話の量は前職より減りましたが、営業マンが外に出ると社内の人数が少ないので、ここでも電話は積極的に取っていました。
入社して1年ぐらい経過した頃になると、私の耳も怪しくなり、電話を取る時に緊張するようになりました。
会社名の聞き間違いは 健康な耳の人でもあります。
電波状況が悪くて聞き取りにくい電話もあるので、当然知らない会社の名前を聞き間違うことは誰にでもあります。
だけどその聞き間違いを許せないと感じる人もいるようで、たった一文字の聞き間違いに説教されている人を見かけたりすると、耳が怪しくなってきた私はちょっとビビッてしまいました。
ちなみに 私の難聴は感音難聴と言って、音の聴こえ方に影響が出る難聴です。
私の場合は 高音は殆ど聴こえなくなっていたけれど、低音が普通に聴こえていたので、音量のボリュームダウンはあまり感じていなくて、音のバランスの悪さにより 音の聴こえ方に影響が出たという感じです。
どんな風に影響していたかというと、正確に聞き取れない発音が出始めたのです。
最初は、狂って聴こえる発音はほんの一部だったので、話を流れで聞く 普通の会話には問題はありませんでした。
だけど、単純な名称などの聞き取りには問題が出ました。
これは電話の場合だと、会社名が正確に聞き取れないという形で影響しました。
それでも電話は取らねばなりません。
といっても、はじめての電話を正確に聞き取る自信はありません。
せめて一度でも掛けて来た人の会社名と名前だけでも間違えないようにしようと思い、電話で名乗った時の声とイントネーションを覚えることにしました。
ちなみに初めて取った電話の場合、聞き取りの正解不正解は分からないので、必ず電話を回した人に後で名称を確認しました。これをやると安心して覚えられるし、訊かれた人は面倒がるかなと思ったのですが、意外にも熱心だとプラスに捉えてくれる人が多かったです。
だけど、やっぱり全部は覚えきれません。
あまり掛けて来ない人の声は忘れてしまうし、それがカタカナの長ったらしい造語の名称だったりすると、初めての電話の時と同じように聞き取れなくて困ったりします。
会社名の聞き取りはほんとに難聴者泣かせです。
■容赦なく落ちて行く聴力
やがて会社名だけでなく、電話の会話にも聞き取りにくさが出始めました。
私は両耳とも進行性の感音難聴で、音が蝕まれるように聴力低下が進んでいます。
聴力の状態は日々変動しているし、左右の聴こえの状態も同じではありません。
聞き取りやすい耳が 左右交替しながら、私の耳はどんどん悪くなっていきました。
最初の異変は業者さんと電話で話をしている時で、取った電話の相手の話が聞き取れなくて焦りました。声は聴こえているのに何を言っているのか、さっぱり分からないのです。
最初は相手の滑舌の問題だと思いました。
だけど、受話器をもう一方の耳(右)に当て替えるとクリアに聴こえたので、自分の耳の問題だと分かりました。
この時から自分の耳への危機感は強くなりました。
もしも右耳も左のようになったら終わりです。
ビクビクしながら右耳を使っていました。
だけどそれも長くは続きませんでした。
しばらくすると、左と同じように何を言っているのか分からなくなってきたのです。
左がダメで、右もダメ。
血の気が引きました。
少しでも聞き取りやすい方をと左右交互に使ってみると、あれだけ聞き取れないと感じていた左耳の方がマシだったので、その日から電話を聴く耳を左に戻しました。
そうやって低下しては左右を交換しながら、頑張りました。
頑張れたのは、不鮮明な音に多少は慣れたというのもあったとは思いますが、聞く時の集中度を増していくことで対応していた気がします。
健聴だった時は肩に受話器を挟んで手元では別の仕事をしながら話をすることもしょっちゅうでしたが、電話しながら何かをすることは出来なくなりました。
電話をしている時は、電話に集中です。
その内、普通に電話に集中するだけでは聞き取れなくなって、何とか聞き取ろうと受話器を耳に強く押し当てながら、脳は言葉の推測に大忙しになりました。
集中の必要性が増していくほど ストレスと電話後の疲労感は大きくなりました。
そして・・・これにも限界が来ます。
■まともに電話を取り次げない
そろそろ補聴器無しでは厳しいというレベルに差し掛かった頃、私はまた転職しました。
電話を取らなくても良さそうだと思っての転職だったのですが、違いました。
役職付きでの中途採用ですが、入ってみると男尊女卑の酷い会社で、電話や雑用は女性がするものとされていて、女性の私は「電話を取ってください」と言われました。
この頃になると、声自体が不鮮明になっていたので、昔のように声とイントネーションを覚えて凌ぐことができません。聴こえる全ての音が狂っていて 声の判別さえもつかないので無理です。
できるだけ取らないようにしていたけれど、女性がいないと誰も取りません。
プレッシャーがすごいので仕方なく取るのですが、社名は分かりません。
3回聞き返したらもうそれ以上は聞き返せないし、聞き返しても聞き取れないことだけははっきりしています。
社外の人を怒らすより社内の人を怒らせた方がマシなので、誰からの電話か不明のまま「聞き取れなくて、すみません」と回しました。
相手不明の電話を回された人は皆不満そうですが、さすがに専門分野の即戦力として入社した私を叱る人はいませんでした。だけど小言を飲み込む姿は何回も見ました。
もしも私が若かったら、すごい剣幕で怒られていたかもしれません。
難聴の若者や新人さんが キツイ思いをしていなければ良いのですか・・・。
■とうとう限界に
やがて、社名が聞き取れないだけでなく、誰に回せば良いのか取り次ぐべき社内の人の名前も聞き取れなくなってしまいました。
この時のショックは大きかったです。
“聴力が落ちたら こんな簡単なことさえも聞き取れなくなるのか・・・”と。
この頃には自分の部署の直通電話以外は取らないようにしていました。
全社員が対象の代表電話を取ると、掛かって来る会社の数も、回すべき社員の数も多過ぎて、勘で判別するのは無理だからです。
自分の部署限定ならば 何とかなるかなと思ったのですが、これも厳しくなりました。
間違って他部署あての電話が掛かって来ることもあったのですが、部署以外の人の名前だと推測不能です。
誰からの電話かも分からなければ、誰に回せば良いのかも分からない。
これは途方に暮れます。
悪いなあと思いながら、近くにいる他の人に「どうしても聞き取れないので変わってもらえませんか」と頼まねばならないことが増えました。
こうなると電話の相手にも迷惑な上に、社内の人にも迷惑です。
無理なものは無理です。
私は勇気を出して「迷惑をかけるから電話は取りません」と宣言しました。
■電話を取らされる難聴者たち
私はプライベートで、他の難聴者とも交流しています。
障害レベルの人もいれば、認定基準に満たない中等度の難聴者もいます。
障害者手帳を持っている友人の多くは、障害者雇用を利用しています。
障害者手帳が無い難聴者は、一般雇用しか選択肢はありません。
障害者雇用の場合、会社は聴覚障害に配慮する義務があるので、無理やり電話を取らせることはありませんし、電話を取るように言われても「電話は取れません」と言いやすいです。
ところが一般雇用の場合、そもそも健聴者と同等扱いで雇われているケースが多いため、「電話は取れません」とはなかなか言えません。
特に音声で会話が辛うじてでも出来る人は、健聴者から見れば、会話ができるのなら電話は当然取れるという感覚ですから、どうしても中等度の難聴者は無理をします。
ちなみに私が電話の取り次ぎにギブアップした時は、障害者ではありません。
その後、普通の対面の会話が困難になっても まだ障害者ではありませんでした。
日本の聴覚障害の認定基準はとても厳しいので、障害者の認定基準に達していなくても、聞き取れなくて困り果てている人は少なくありません。
まだ何とか頑張れそうだと電話を取っている難聴者も、内心はヒヤヒヤしながら毎日を過ごしています。
もしも あなたの周りに「私は難聴です」と打ち明けている人がいたならば、それはSOSだと思ってください。
軽く伝えたとしても、そこには万が一の時は助けてねという思いが入っていると思います。
そもそも全く困っていないのであれば、難聴だとわざわざ伝えないですから。
■ぜひ 知ってもらいたいこと
難聴は見た目では分からないので、普通に会話ができているように見えれば、難聴を伝えても『ちょっと聴こえにくい時がある』程度にしか思ってもらえません。
その“聴こえにくい”の状態も音量をイメージしているため、大声で話せば分かると思われがちです。
でもそれは違うのです。
音量の問題だけなら、難聴者はここまで苦労しません。
音が聴こえても、その音が不正確だから苦労しています。
これは健聴者には経験がないので伝わりません。
歯がゆいほど伝わりません。
難聴の私ですら、進行して行く中で 予想外の聴こえなさに遭遇して顔面蒼白になる日々でしたから、健聴者に想像できないのは当然です。
そのため 健聴者は悪気無く 難聴者に「聴く」仕事を求めます。
難聴の私に「きちんと聴け」とか、「聞き取れなかったなら何度でも聞き返せ」と言う人もいます。
聞き返しても100%聞き取れない言葉があるというのが、どうしても分からないようです。
難聴者には何度聞いても聞き取れない言葉があるということを ぜひ知ってください。
感音難聴者にとって一番難しいのは、音声だけで 単純に発音を聞き取ることです。
誰から掛かっているのか分からない 電話の取り次ぎはこれに該当します。
健聴者の感覚だと、電話の取り次ぎぐらいなら出来るだろうという感じですが、感音難聴者にとっては電話の取り次ぎこそ難しいのです。
余談ですが、電話番号表示で誰からの電話かを認識しようと試みたことがありますが、これは不特定多数が掛けて来る会社の場合だと、やはり厳しかったです。
平気そうに見えて、難聴者は必死です。
発音が不正確な耳で、前後の脈絡で推測することのできない“会社名”を聞き取る行為は、健聴者の何十倍も神経をすり減らしながらやっているということをどうか知っていただきたいと思います。
今回も最後まで読んでくださりありがとうございました。
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