ナンチョーな私の気まぐれ日記(6)音楽と私③「最後まで残った音」

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ナンチョーな私の気まぐれ日記

音楽は、ギターやキーボード、ドラムやベースなど、さまざまな楽器の音で構成されています。
健康な耳の人は、低い音から高い音までバランス良く聴こえます。
一方で、難聴者の聴こえは音の高さによって聴こえ方がまちまちなので、程度の差はありますが、難聴者の聴く音楽は 健聴者と同じではありません。

今回は、健康な耳ではあり得ない不思議体験をした話をしたいと思います。

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■私の聴こえの特徴

ひとえに難聴と言っても、聴こえ方は人によって様々です。
なので、話の内容が分かるように、少しだけ私の聴こえの特徴を話しておきます。
私は、元々は健康な耳で暮らしていました。
難聴を発症したのは20代。
軽度から出発して、徐々に進行しているので、聴力はずっと変化し続けています。

音の聴こえ方の特徴は、『低音は普通に聴こえるのに、高音は聴こえない』というところから出発して、徐々に高音から間引かれるように音が消えて行っているのが特徴です。

どの音から聴力が低下するのか、またどれぐらい低下するのかは、人それぞれなので、今から語るのは、低音と高音の聴こえの差が激しい あくまで私個人の体験談です。

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■職場のBGM

昔から私が働く職場では、有線かFM放送がいつも流れていました。
今の職場でも流れているそうです。
社会に出た時は 健康な耳だったので、BGMは普通に耳に入ってきました。
私の難聴は、突然起こった大音量の耳鳴りから始まったのですが、当時の私には難聴の自覚はありませんでした。
爆音級の耳鳴りに病院に駆け込んだら、一部の周波数に聴力の低下が見られると言われたのが難聴の始まりでした。
耳鳴りはうるさかったけれど、発症から数年は 音楽は普通に聴いていて、BGMにも特に変化は感じませんでした。

余談ですが、前回カラオケ好きだった話をしましたが、社会に出てからの新曲の仕入れ先は、もっぱら会社のBGMでした。

そして、このBGMの音楽の聴こえの変化は、私の難聴の歴史でもあります。

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■消えて行く音、最後に残った音

私の音の失い方は、少しずつ間引かれるように音が消えて行く感じです。
全部の音がいきなり消えるのではなく、昨日まで聴こえていた電子レンジのチンという音が、今日は聴こえないという感じで、少しずつ音が減って行くのです。

職場で流れているBGMに対する私の反応は、好きな曲が流れると思わず聴いてしまう感じで、好き過ぎる曲が流れると、仕事の集中力が途絶えて、聴き入ってしまうこともありました。

ところが、そのうちメロディが気になることが減って、いつの間にか全て聞き流すようになりました。
本来 仕事中のBGMは聞き流すべきものなので、誰かが音を小さくしてしまうこともあったし、音楽が耳に入らないことを特に気にすることもありませんでしたが、今思えば 難聴の進行によって メロディが分かりにくくなっていたのだろうと思います。

それからしばらくすると、今度は気にしないではいられない状態が訪れました。
なんと、聴こえてくる音楽がドラムとベースだけになってしまったのです。
リズムは分かるけど、メインのメロディが消え失せていました。
不思議なのですが、全体が聴こえる時は聞き流せたのですが、リズムだけがむき出しになると妙に脳を刺激するように耳に入って来ます
メロディが消えてしまった音楽は、ちょっと不快でした。

やがて、ドラムの音も消えてしまいました。
そして、最後まで残ったのは なぜかベースの音でした。

まるで「服を1枚ずつ脱がせていったら、最後に出てきたのはベースでした」という感じで、まさか自分の耳の都合でそんなふうに音がはがされて行くことがあるなんて 想像もしていなかったので驚きました。
自分の予測ではドラムが残ると思っていたので、これはもう「へえ~」という感じです。

しばらくは 私にとってのメロディはベースが奏でるコード進行だけ。
メインのメロディは聴こえないけれど、ベースのメロディは口ずさめる
普通の耳ならベースの音だけ拾うためには集中する必要があるのに、私は意識する必要なく ベースを口ずさめてしまう。
これはちょっと自慢したくなり、実際に周りの人に自慢もしましたが、「ベースだけ聴こえる」とか「ベースを歌える」とか言われても、言われた方は意味不明で、皆反応に困っていました(笑)

だけど、これは おもしろがってばかりというわけにはいきませんでした。
伴奏としてのベースはとても単調で、これを繰り返し聴いているとイライラしてきます。
たいていはその時の流行りの歌が何度も流れるので、死ぬほど同じコード進行を聴かされることになります。
だからと言って皆のために流しているBGMを止めるわけにはいきません。
これはちょっとした地獄でした。

そのうち、このベースの音もいつの間にか消えてしまいました。
それ以来、BGMで音楽を聴いたことはありません。
その後も何かの音が単発的に雑音として耳に入って来ることはありましたが、今はほぼ無音です。

余談ですが、BGMが聴こえないと静かだと思うかもしれませんが、私の場合は24時間営業の大音量の耳鳴りが常に鳴り響いているので、静けさとは無縁です。

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■聴こえ方は人によっていろいろ

私の難聴は聴こえる音と聴こえない音の差が極端なために、こういう現象が起きたのだろうと思います。
極端な差があっても、ここまで綺麗にベースだけが残るのは珍しいかもしれません。
そして、この現象は大きな音で音楽を聴いたのでは体験できなかったかもしれません。
今の私の耳は補聴器をしても聴こえない音が増えています。だけど補聴器をしていなくても聴こえる音も残っていて、健康な耳の人とは完全に異なる音バランスで生きています

私とは逆に低音が聴こえない人もいます。
低音から音を喪失したら、どんなふうに音が狂っていくのかは、難聴の私でも想像ができません。
少なくとも最後に残る音がベースではないだろうと想像するだけです。

音の崩れ方も人によって差があるので、私と同じ等級の高度難聴者でも補聴器で音楽を聴いている人もいます。
私の場合は、音の崩れが激し過ぎて、音楽が完全に雑音化して不快なため 音楽を聴く気にはなれません。
音楽を補聴器で聴けるかどうかにも個人差が出ます
そして、難聴者が聴いている音楽がどんなふうなのかは、その人の耳次第。たぶん同じ難聴者でも 聴き比べると差が生じていると思います。

難聴者同士でも相手の聴こえを想像することはできないのだから、健康な耳の人が難聴者の聴こえを理解できないのは当然のことだと思います。

だけど、これだけは多くの人に知ってもらい。
難聴者の多くは、聴こえている音が狂っているということを。

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■難聴者が話を聞き返す理由

難聴者はよく話を聞き返します。
これは声が届かないのではなく、聴こえる音が狂っていて、発音がクリアに聴こえないからです。
ところが聞き返すと、音が聴こえないのだと誤解されて、大声で怒鳴られてしまうことがあります。

補聴器をしている難聴者は、補聴器で必要な音量はすでに増幅しているので、大声を出されると音が割れて却って聞き取りにくくなります
これは大事なことなので繰り返します。
難聴者が聞き返すのは、音量が足りないからではなく、聴こえている音が狂っていて不鮮明だからです。

健康な耳の人は、どれだけ努力しても、私が体験したような特定の楽器の音だけしか聴こえないという状態を味わうことはできません。
美しいハーモニーが、不協和音だらけの音楽に変貌して聴こえることもないでしょう。
音の聴こえのバランスが狂うと、発音も不鮮明になって、言葉の聴こえ方も変わってしまうのです。

どのように狂っているかには個人差がありますが、内耳の機能の障害で起こる感音難聴であれば必ずどこかが狂っています。
そして、難聴者の多くはこの感音難聴です。

もう1つよく誤解されるのが、補聴器を装着すれば普通に聴こえるとの誤解です。
補聴器は音を増幅する機械です。
音を大きくすることはできても、その人の耳の中で起こっている聴こえの狂いを正すことはできません。言い換えると、聴こえるままに音が増幅されるので、壊れた音は壊れた音のまま大きくなるだけなのです。
だから、補聴器をしている人の耳元で大声は出さないようにしてください。
健康な耳の人が 耳元で大声を出されたらキーンとするように、補聴器をしている人もそれは同じです。
聞き返しは、音量の問題ではなく、言葉の崩れのせいなので、ジェスチャーや指差しを混ぜたり、聞き取りにくそうな単語はほかの言葉に言い変えるなどしてもらえると大変助かります。

なんだか、ついでお願いをしてしまいましたが、私の音楽の話を通して、難聴者の聴こえは健康な耳の聴こえとは異なることを感じていただけたなら嬉しいです。

今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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[前回のナンチョー日記]
  ↓
ナンチョーな私の気まぐれ日記(5)楽と私②「カラオケと涙のお別れ」

[次回のナンチョー日記]
   ↓
ナンチョーな私の気まぐれ日記(7)エレベーターではドキドキ

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