読後感想 第3回
「淋しいのはアンタだけじゃない」(3) 吉本浩二著
この漫画は、健聴者の目線で 聴覚障害を理解していく過程が描かれています。
なので、聴覚障害者だけでなく健聴者にも分かりやすいです。
漫画(絵)により、聴こえの状態が見える化されているので、私も 他の障害者の聴こえを想像しやすいと感じました。
もっと続いて欲しかったのですが、残念ながら3巻で完結です。
※1巻・2巻の感想も読んでいただけると嬉しいです。
漫画「淋しいのはアンタだけじゃない(第1巻)」を読んで思ったこと
漫画「淋しいのはアンタだけじゃない(第2巻)」を読んで思ったこと
聴覚障害のことを漫画にするのは、聴こえの不自由さを知らない健聴者には大変だったと思います。多分、調べていくためには、思考の軸となるテーマが必要だったのではないかと思います。
そのテーマは、この本では、数年前に聴覚障害が詐病だと叩かれた作曲家の佐村河内 守(サムラゴウチ マモル)氏を取り上げ、取材にも協力してもらっています。
あくまでこの本は聴覚障害を知ることがテーマなので、佐村河内氏のことも、聴こえの真実を追うスタイルを最後まで貫き通しています。
佐村河内氏の難聴の不思議は、検査結果(数値)では中等度難聴なのに、ご本人は殆ど聴こえていないと感じておられることです。
1巻の感想でも触れましたが、ある会社員の方は 中等度(50dB)なのに 人との会話は重度に近い高度レベルでした。
難聴者の聴こえの状態は、一般的な聴力検査の数値では簡単に判断できないものがあるようです。
世間では医師も含めて、中等度は聴こえる人だと思っています。
確かに中等度は 残存聴力があります。だけど一般に聴力が50dBまで落ちている状態は、健聴者が想像しているものより 遥かに厳しい聴こえです。
もしも、突然、中等度の人の耳と交換されたとしたら、驚くほど音が消えることを体験することでしょう。そしてその耳が感音難聴ならば、音が小さいだけでなく、壊れたラジオを聞かされているような不明瞭な言葉や不快な音に大きなショックを受けることでしょう。音として聴こえたとしても、まともな音ではないのです。
そして大抵の難聴者が味わっている耳鳴りの大きさにも驚くことでしょう。
多分、想像以上の苦痛を体験することになると思います。
難聴者も健聴者と同じで、他の難聴者の聴こえは分かりません。
自分よりマシなのか、自分より酷いのかは想像するだけです。
だから聴覚障害にすごく苦しんでいる人は、まさに地獄の中にいるわけで、どんな状態なのか知りようがない第三者が「大したことはない」などとは言えないはずなのです。
佐村河内氏が叩かれたのは単に聴覚障害を詐病したからだけではないので全面的に同情はしませんが、耳が聴こえないことを信じてもらえなかった苦しみは分かるような気がします。
それだけに この点が中途半端に終わってしまったことは残念に思います。
ちなみに、漫画の中の取材で、最後に登場した聴覚障害者は「オーディトリーニューロパチー」の人でした。この病気は聴神経に問題があって音の信号が脳に届かないため 音は聴こえても 何の音かの判別がつかないそうです。症状としては、純音聴力検査(音が聴こえたらボタンを押す検査)では正常なのに、語音明瞭度の検査(50音の聞き取り検査)では著しく悪いという特徴があります。
漫画に登場した方は、語音明瞭度は2割以下でしたが、「オーディトリーニューロパチー」が珍しい病気だったため、医師からは「心因性」と診断され続け辛い日々を送ってきたそうです。病気だと分かった時には逆にとても嬉しかったと語っておられました。
聴覚障害もいろいろで、悩みや苦労もいろいろです。
前置きが長くなりました。
3巻の感想も自分自身のことを絡めて書きたいと思います。
■補聴器で音を入れていたら耳鳴りが消えた!?
3巻では、耳鳴りについて詳しく取材しています。
その取材内容を見て、私は補聴器に対する自分の考えが大きく変わりました。
私の耳は、高音が全く聴こえず、低音のみ聴こえているような極端なバランスの難聴です。
なので、集音器のような全ての音が同じようにボリュームアップしてしまう物は使えません。
補聴器は集音器とは違って、その人の聴こえない音だけを入れるなど細かな調整が可能なので、音による聴こえの差が著しい私は補聴器の中でも、音ごとの調整が細かくできる高性能の補聴器を使っています。
補聴器の場合、大きな音は抑制することもできますから、補聴器で耳が悪くなることはないと医療関係者や補聴器屋さんは言うのですが、壊れた耳には相当辛い音が入るので 耳が潰れてしまうような錯覚に陥ります。実際に調整が悪く 音を入れ過ぎた状態で使い続けると、使用後の聴力ダウンは著しいです。なので、私の中では 補聴器を付けると負担の大きい神経が消耗するという恐怖心があります。
ところが3巻を読んで、正しく音を調整しても、慣れるまでは相当に苦痛なのだと知りました。
漫画に登場する「難聴・耳鳴り」を研究している医師の話では、補聴器でより良く聞き取るためには、その人の聴力の半分程度の音(聴力が60dBならば30dB)を入れるようにして、聴こえていた時の脳の状態に戻していくようにしなければならないそうです。
難聴者は聴力を落とした分だけ、普段聞いている音が静かなので 半分の音でもかなり煩く感じられますから 患者は苦痛だと訴えるそうです。実際、聴力が落ちている音ほど大きくすると音が割れたような不快さが増すので、適切に調整されたとしても苦痛度は高いはずです。
それでも音を入れる理由は、音が脳に届かなくなった状態を長く続けていると 脳が持っている聴こえてくる音を言葉に置き換える機能が落ちてしまうからです。複数の音で成り立っている言葉の聞き取りを取り戻すためには、脳に元の聴こえの状態を思い出してもらう必要があり、そのために足りない音を補聴器で補って脳をリハビリするわけです。
そうした意図で 脳が慣れるまで、患者さんに煩くても長時間補聴器を装着するようにしてもらったところ、ある日「耳鳴りがなくなった」と報告する患者さんが次々に現れたそうです。
聴こえないことより 耳鳴りの方が苦痛だと言う人も多いので、耳鳴りの消失は患者にとって大きな喜びです。
聞こえを取り戻すというだけでは、裸耳での聴力ダウンのリスクを負う気にならなかったのですが、耳鳴りが消失するなら話は別で、それならチャレンジしてみたいと思うようになりました。
■なぜ補聴器で音を入れたら、耳鳴りが消えるのか?
補聴器で脳のリハビリ(元の音に慣れるための音入れ)をすると 患者の耳鳴りがなぜ消えるのかについては 現時点では仮説の域を抜けていないそうですが、次のように考えられるそうです。
そもそも、音は耳が聞いているのではなく、脳が聞いていると言えます。
例えば、ガヤガヤと煩い環境の中でも、人は聞きたい人の話を聞き出すことができます。それは脳が多くの音の中から気になる音だけをピックアップするから聞くことができるのだと言えます。
耳鳴りの患者さんに純音聴力検査(音が聴こえたらボタンを押す検査)をすると、本人は気付いていなくても難聴になっている周波数(音の高さ)が発見されることが多いそうです。そして 殆どの場合、耳鳴りの音は 難聴になっている音域に一致するそうです。
そこから推察されるのは以下のことです。
通常、耳が正常であれば、どの音域も同じように脳に届いています。
しかし、難聴になると脳に伝えられるべき信号が弱くなります。
通常ならこの程度の音が入るはずだと知っている脳は その音が入らないと、何とかその音を聞こうと頑張ります。頑張った(脳が過度に興奮)結果、耳鳴りが生じると言うのです。
だから、聴こえが弱くなっている音を補聴器で増幅して 脳に届かなくなっていた音が脳に伝わることで、聞こうと頑張っていた脳の興奮が治まって 耳鳴りが消失すると考えられるそうです。
以前から脳に音を聞かせる重要性は感じていましたが、それは 脳に音を入れないとその音域を伝える神経が退化してしまうからぐらいにしか考えていなかったので、音量は控えめでも何とかなると思っていました。
だけど適正な音を入れないと脳が満足せず、それが大音量の耳鳴りを作り出しているかもしれないと考えると、自分の脳のために適正な音を入れようという気持ちになります。
単なる仮説では納得しませんが、治った事実があるので、理屈はどうであれ同じことにチャレンジしてみたいと思うようになりました。
3巻の感想はここまでです。
最後まで私にとっては、とても勉強になる本でした。
聴覚障害者の世界を知ろうと、真摯に取り組んでくださった作者や編集者の方には感謝の気持ちでいっぱいです。
「本当にありがとう」というのが一番の感想です。
■最後に
最後に付け加えたいのは、国へのお願いです。
補聴器は、医療器具で、価格も高いです。
だけど買って装着すれば聴こえるようになるわけではなく、その人の聴こえに合わせて調整しなければ何の役にも立ちません。
ところが日本では調整する技術と知識が未熟な方が補聴器を扱っていることが非常に多いのが現状で、私たち補聴器ユーザーは、きちんと調整できる知識と技術を持った人に巡り合うために四苦八苦しています。本当に知識と技術と経験を持った優秀な方は少ないのです。
世界の先進国の中で国家資格無しで補聴器を売ることができるのは日本だけだそうです。
障害者手帳の基準も日本は世界に比べて厳し過ぎるようです。
この事実から推察しても、弱者の声に耳を傾けない国だなあと悲しく思います。
これは聴覚障害に限ったことではありません。
日本は、もう少し、弱者に配慮できる国になって欲しい。
これは、心から強く願います。
※1巻・2巻の感想も読んでいただけると嬉しいです。
漫画「淋しいのはアンタだけじゃない(第1巻)」を読んで思ったこと
漫画「淋しいのはアンタだけじゃない(第2巻)」を読んで思ったこと
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