漫画「淋しいのはアンタだけじゃない(第2巻)」を読んで思ったこと

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読書感想

読後感想 第2回
「淋しいのはアンタだけじゃない」(2) 吉本浩二著

■はじめに

1巻では様々な聴覚障害者が登場し、自分とは異なる聴覚障害者についてすごく考えさせられました。※1巻感想 → 漫画「淋しいのはアンタだけじゃない(第1巻)」を読んで思ったこと
2巻は、聴覚障害者に取材して浮かんだ疑問について、専門の医師(耳鼻科医)や、聴覚障害を持つ医師に取材し、より深い内容になっています。

特に2巻の中盤(10~11話)に登場する難聴の医師(病理医の田村先生)の話は、私自身が進行性の中途難聴者であることもあって強い共感を覚えました。

この医師の話の中には、自分と似た考えも多く、また病院に勤める医師だからこその視点も入っていて、私にとっては非常に勉強になったことが多かったです。
2巻も1巻同様、難聴者の私の視点で思ったこと、考えたことを述べたいと思います。

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■数デシベルのダウンがどれだけ聴こえを失っているのかを知って愕然。同時に納得。

聴覚レベルをdB(デシベル)の単位で表わすことの説明は1巻でしましたので、ここではdBの説明は省きます。
漫画の中で、田村医師が言っていました。
「たかが10dBと思うかもしれませんが、50dBが60dBになるというのは、それまでより3倍大きな音圧じゃないと聞こえなくなるということなんです」と。
dB(デシベル)とは、g(グラム)や m(メートル)のような自然界の絶対値の単位ではなく、音の大きさの倍率、すなわち数値が上がれば大きさの倍率が上がるということで、例えば、3dB低下したとすれば それまでの1.4倍の音圧でないと聴こえない、10dB違えば3.2倍20dB違えば10倍40dBならば100倍60dBならば1000倍もの音圧が必要になるということだそうです。

一般に20dB以下は正常とされています。
人が聴くことができる一番小さな音が0dBです。
同じ正常であっても0dBの音が聴こえる人と、20dBまで音を上げないと聴こえない人とでは、聴いている音圧は10倍も違うということになります。
これが40dBの軽度難聴者だと100倍、60dBの中等度難聴者だと1000倍、80dBの高度難聴者だと10000倍の音が必要になってくるわけですから、倍率で説明されると、自分の耳がいかに悪いのかがよく分かります。

因みに、進行性の私の場合、聴こえていた音が聴こえなくなったり、聞き取れていた人の声が聞き取れなくなったり、明らかに聴力低下を感じれば病院に行きます。
病院では聴力検査をし、医師は前回の検査結果(オージオグラム)と比べます。
私は進行性でもゆっくり型なので、数dBの小さな低下を繰り返しながら、徐々に聴力が低下しています。
私が病院に駆け込む時は、何の音を失ったのかを知りたいからなのですが、数dBしか低下していなければ大抵の 医師は「前回と殆ど変わりません」の一言だけで終わります。
私は『聴こえなくなっているのに、なぜ変わらないと言われるのか』 毎回疑問に思います。
でも 医師にとって数dBは 変化の内に入らないらしく、詳しい説明はありません。
医師の話だけでは、自分の聴こえの状態がさっぱり分からないので、そのうち「オージオグラムのコピーをください」と頼むようになりました。
自分でオージオグラムを比べてみますと、医師が「変わりません」と言っても、必ずどこかの周波数が僅かでも低下しています。たった数dBの小さな変化が、私にとっては昨日まで出来たことが、今日から出来なくなるほどの大きな変化だったりします
これだけ大きく生活に影響しているのに、医師はなぜ「変わりません」と言うのか とても疑問で、他の人は変化をここまで感じないのだろうかなど、スッキリしない気持ちを抱えていました。しかし この本で たった3dBしか違わなくても 以前の1.4倍の音圧が必要になるということを知って、自分の感覚は正しかったのだと、ちょっと嬉しかったです。
同時に、軽い調子で「前回と殆ど変わりません」という医師は、患者に寄り添う気持ちが欠けているのか、難聴についてあまり分かっていないのか、どちらにしても患者の日常生活のことは想像できていないか、もしくは 想像しようとしないのだろうと思います。

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■感音性難聴の人の聴こえを健聴者に伝えたい

漫画に登場する田村医師は、約20年前に突発性難聴になり、その時から聴覚障害の不便さや苦痛を味わっておられます。
同時にお医者様なので、病院側の実情も良くご存知です。
「病院側はすぐに改善できることもなかなかやろうとしない」「難聴についてちゃんと理解しようとしていない」といったことを、病院のことをよく知る医師の立場で語るので、単に患者が叫ぶよりも説得力があります。
私も 病院の対応(呼び出しや医師の説明)には、他業種と比べても不親切なところが多いと感じているので、ぜひとも改善していただきたいと願っています。

この他、田村医師は、感音性難聴者の聴いている音を、健聴者向けに音声化しようと試みられました。(詳しい内容は漫画を読めば分かるので省きます)
田村医師の場合、最初は片耳だけの感音性難聴でしたから、難聴の耳で聴いた音を、健聴な耳で確認することで、感音性難聴者の聴いている音を再現しようとチャレンジされたのですが、どれだけ音を調整しても、健聴な耳には聞き取れてしまい、どうしても聞き取れない音を再現することができなかったそうです。

感音性難聴の人は、音がひずんで聴こえ、正確に言葉を聞き取ることができません。高性能の補聴器を付けても元の聴こえは取り戻せないのです。
この状態を健聴者に想像してもらうのはとても難しく、口で説明しただけではなかなか伝わらない。それだけに、田村医師の試みに期待したいところだったのですが、健聴だった片耳も難聴になってしまわれて、残念ながら断念されています。とても残念です。

感音性難聴の聴こえの再現に、絶対に欠かすことができないのは、聞き取ることのできない「曖昧な音」です。
言葉の発音には無い「曖昧な音」なのです。
これさえ表せたら多少違って聴こえても再現は成功、これが表せなければどれだけ似ていても再現できたことにはなりません。
だけど再現は難しい。
音がクリアに聴こえる健聴者に、聴く神経の異常により狂ってしまっている不鮮明な音を再現しようというのですから、これはかなり難しいことだと思います。

むしろ、言葉を単なる音(楽器で演奏)にして言葉を想像してもらった方が、よほど近いような気がします
なので、私は、難聴者の聞いている曖昧な音にはこだわりません。
健聴者に言葉が正確に聴こえないということだけでも伝われば、まずはそれだけでも良いと思っています。

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■試して欲しい、聞き取りのストレス体験。
そして、日常の全てがその状態だと どうなのかを想像して欲しい。

前述の通り、田村医師は感音性難聴の聴こえの音声化を試みました。
私も何とか健聴者に言葉として聴こえない現実がどのようなものなのか伝えたいと考えています。

私の場合は、正確に再現することにはこだわりません。
言葉が崩れるということ、正確な言葉には聴こえないということ、言葉が聞き取れない状態がどれだけ不便でストレスかということ、これだけでも伝われば、まずはそれで良いと考えています。
そういうふうに考えると、次の方法で多少でも難聴者のストレス体験はしていただけるのではないかと思っています。

【やってみよう! 感音難聴ストレス体験】
まず、話し手を決めます。
話し手は、話すとき、唇を完全にしっかり閉じた状態で話してください。
聞き役は、話し手が何と言っているのか聞き取ってください。

唇をしっかり閉じた状態で喋ると、はっきりした発音は作れませんから、イントネーションやリズム、相手の表情やジェスチャーを手掛かりに聞き取ることになると思います。
腹話術で話すのはNGです。
聞き取り体験なので、話し手は、しっかり唇を閉じてください。
すると、何度も聞き返さないと分からなかったり、予想外の話だと さっぱり分からなかったりすると思います。
聞き取らねばならないのだという設定で、聞き取れるまで頑張ってください。
聞き取ろうとした時の集中度や、脳内で言葉を推測する大変さなども感じてもらえるのではないかと思います。
どうしても聞き取れない時に、書いて欲しいと思う気持ちも感じてもらえると思います。
それが感音性難聴者の日常です。

これは極端だと思われる方もおられるでしょうが、感音性難聴の酷い人の聴こえとはそんなものなのです。
難聴者は話し手の口の動きを見たがります。
それは聴こえる音が正確ではないので、口を見ないと言葉を推測できないからです。
そして日常の生活では、全てが普通のスピードで会話が飛び交いますから、難聴者の神経は休まることがありません。
もしも、ずっと、この聞き取りにくい状態が続くとしたら、どんな生活になるか想像してみて欲しいのです。

健聴者の皆さま、ぜひ一度試してみてください。
※体験方法のやり方について改めて詳しく書き直しました。
 こちらも参考にしてください。→ <健聴者の方へ> ゲーム感覚で気楽にできる 【感音難聴の聞き取りストレス体験】

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■感音性難聴の聴こえにくさを伝えたい(自分の感覚より)

私も最終的には、感音性難聴の聴こえのサンプルがあった方が、医師などの専門家の理解が進むと考えています。

今から書くことは自分の体感をベースとした妄想レベルです。理論的なことは勉強不足で現段階で触れることはできません。
でも、体感的には可能性があるように思うので書きます。(誰か研究者の目に留まって実現してくれたら嬉しいという思いを込めて)

私は周波数による聴こえの差がとても激しい難聴です。そのせいかどうかは分かりませんが、語音明瞭度の検査(ランダムに流れる日本語の50音を聞いて聴こえた音を答えていく検査)では、殆ど同じ音に聴こえてしまい、聴こえのバリエーションが極めて少ないと実感しています。

そして聴力低下とともに、人の声がロボットの声に聴こえたり、女性と男性の声が聞き分けられなくなったり、聴こえる声自体がその時々で変化してきました。
すると、私が聴こえない周波数の音を抜いていくと、私が聴いている音に近付くのではないかと思うのです。
更に、今の私の耳では、語音明瞭度の検査で聴こえるのは、普通の会話レベルの大きさだと殆どの音が なぜか「に」に聴こえます
大きくしてもせいぜい10種類程度の言葉にしか置き換えられません
更に音を大きくすれば、さっきの音と微妙に違うということは感じられますが、それでも一番近い音は何かと聞かれれば、さっきの答えと同じになってしまうのです。
これは、私の聴こえる周波数が少ないために、全部の言葉が似た音(言葉)に聴こえてしまうのではないかと推測しています。
言葉は複数の周波数で成り立っています。
ですから、そこから私の聴こえていない周波数を抜いていくと、私が聴いている音と似た音へと近付いていくのではないかと思うのです。
難聴は単に音が聴こえないというだけの問題ではないので、どこまで近付くのかは実際に試してみないと見当もつきません。
ですが、もしかすると、いくつかの周波数を抜いた言葉は解読しにくい言葉になったり、全く違う言葉に聴こえたりという変化を起こすのではないかと思うのです。
いつか機会があれば、ぜひ試してみたいです。

※1巻・3巻の感想も読んでいただけると嬉しいです。
漫画「淋しいのはアンタだけじゃない(第1巻)」を読んで思ったこと
漫画「淋しいのはアンタだけじゃない(第3巻)」を読んで思ったこと

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漫画「淋しいのはアンタだけじゃない」全巻

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