ナンチョーな私の気まぐれ日記(12)翼をください

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ナンチョーな私の気まぐれ日記

私は難聴なので、ドラマや映画は字幕で見ています。
先日、たまたま 朝ドラの1週間の総集編を見ました。
すると、音符マークと一緒に「翼をください」の歌詞が流れていました。
「これってあの曲だよね?」
音楽は聴こえていないけれど、頭の中に記憶のメロディが流れ、とても懐かしい気持ちになりました。

今日は中学生の時の思い出話をさせてください。

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■合唱で歌った思い出

今は難聴で音楽を聴くことができなくなった私ですが、学生時代は普通に聴こえ、普通に音楽に親しんでいました。
「翼をください」は、中学2年生の時のクラス対抗の音楽祭で歌った曲です。
なので、歌詞が流れただけで、すぐにメロディが思い浮かびました。
私の大好きな曲の1つです。

実は中学2年生の時の私のクラスは、最悪メンバーを寄せ集めたようなクラスでした。
クラスの4分の1は、いわゆる問題児にカテゴリーされる人達で、協調性はゼロ。
クラスの半分以上が冷めた人間の集まりでした。
他のクラスの中には、文化祭など行事があるたびに盛り上がっているクラスもあるのに、私のクラスはその真逆。
全くまとまらず、音楽祭の合唱も練習に人が集まらなさ過ぎてどうしようという状態でした。

音楽祭の日が近づくにつれて、少しずつ練習するメンバーは増えたものの、数人は直前まで不参加だったり 途中抜けする人が続出で ほんとにまとまりませんでした。
仕方がないので、ハモらす予定だったのを諦めて、ただみんなでそのまま歌うだけになりました。

さて、当日。
取りあえず全員が舞台に立ちました。
伴奏に合わせて、一斉に歌い出します。
最初は普通です。
驚いたのは、「この大空に、翼をひろげ、飛んで行きたいよ~」からです。
今まで歌わなかった人も一斉に歌い出し、ボリュームが上がってさっきまで聴こえていた自分の歌声が周りの声にかき消されて聴こえなくなりました。
こうなると私も含めていつも通りに歌っている人も、いつもより大声で歌います。

何の工夫もなく、ただみんなで大声で歌っているだけなのに、不思議な高揚感に包まれ、歌いながらすごく感動しました。
多分、歌っている私達全員がこの感動を感じていたと思います。

ただ大声を張り上げて歌っただけの合唱でしたが、その迫力で2位の評価をもらい、決勝戦みたいなのに進んだのを覚えています。
結局、2回歌って終わりでしたが、まさかの一体感を味わったのはすごく嬉しかったです。
「翼をください」にはそんな思い出があります。

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■聴こえないことの不公平

私は歌を思い出せば、必ずその歌を口ずさみます。
頭の中で音楽を思い出すだけでは物足りなくて、何とか耳で音を感じたいという欲望からです。

今の私の耳は、外から入って来る音は狂い過ぎて 音楽の形を成さないけれど、自分が口ずさむ場合は狂って聴こえる音を 頭の中で 記憶の音に置き換えるので、取りあえずメロディを感じることができます。
これは、記憶があるからできること。
記憶が無ければ、再現できません。
少しでも自分の中に音楽があって良かったなと思います。

音楽は、言葉と違って、それが無くても生きて行けます
だけど、音楽の無い世界はやっぱり味気ないものです。
知らなければ音楽を恋しく思うこともなかったかもしれないけれど、やっぱり私は音楽の記憶に救われていることが多いし、音楽は心の大きな支えにもなれば、心の栄養や薬にもなる大きな存在だと私は思います。

音楽のことを考える時、私は障害というのは浮かばないのですが、運命の不公平さをすごく感じます
音楽はストレートに心に訴えかけてきます。
音楽で季節を感じることもあれば、音楽で宇宙空間を味わうこともあります。
悲しい、楽しい、優しい、激しい、いろいろな感情が揺さぶられます。
素敵な音楽には情景も浮かびます。
メロディの物悲しさに、打ち震えたこともあります。
体感しないと分からない世界です。

音楽の癒しの力や、感動させる力は とても大きいのに、耳が聴こえないだけで、その感動がごっそり抜け落ちた人生を歩むことになります。
普段はあまり考えないけれど、生まれつき聴こえなければそういう世界があることさえも知らずに生きるのかと思うと、やっぱり不公平だと感じてしまいます。

だけど、実際のところ “不公平な運命”というものはありません
不公平とは比較するから生まれる感覚で、それは自分の問題です。
そんなことは、頭ではよ~く分かっているのですが、未熟な私はすぐに比較してしまいます。

「翼をください」の歌詞には、自由を求める願いを感じます。
いろんな人がいろんな想いを重ねることができる歌だと思います。
この歌を現実逃避の歌だと説明をする人もいますが、心が自由になれたなら幸せです。
私も「悲しみのない、自由な空に」飛んで行けたらいいなあと思います。

できれば逃避ではなく、不満から心を解放させて、軽く自然に浮かび上がるように大空を羽ばたけたらなあと思います。

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■「翼をください」の歌詞

この唄を知らない人もいると思うので、参考に歌詞を載せておきます。
歌詞は1番しか覚えていなかったので、2番がどうだったかを調べてみると、この歌の歌詞には短い版と長い版の2パターンがあるみたいです。
私が合唱で歌ったのは長い方だったので、省略されていない方の歌詞を紹介します。

改めて、歌詞をじっくり読みながら 頭の中で歌ってみると、やっぱり素敵な唄だと思います。

(作詞:山上路夫 作曲:村井邦彦)

いま私の 願いごとが
かなうならば 翼がほしい
この背中に 鳥のように
白い翼 つけてください

この大空に 翼をひろげ
飛んで行きたいよ
悲しみのない 自由な空へ
翼はためかせ
行きたい


いま富とか 名誉ならば
いらないけど 翼がほしい
子どものとき 夢見たこと
今も同じ 夢に見ている

この大空に 翼をひろげ
飛んで行きたいよ
悲しみのない 自由な空へ
翼はためかせ

この大空に 翼をひろげ
飛んで行きたいよ
悲しみのない 自由な空へ
翼はためかせ
行きたい

歌詞は以上です。
今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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[前回のナンチョー日記]
  ↓
ナンチョーな私の気まぐれ日記(11)警報が聴こえない

[次回のナンチョー日記]
  ↓
ナンチョーな私の気まぐれ日記(13)物音に鈍感(他の機能に頼る)

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