前回は、純音聴力検査の障害の基準が世界と比べても日本は厳しいという話をしました。
今回はその続きで『語音明瞭度』の話です。
語音明瞭度とは、耳に入ってくる語音をどれくらい正しく聞き取れるかを表す割合のことで、難聴者の多くは、難聴の進行とともに、語音明瞭度は落ちます。
語音明瞭度が落ちるというのは、正常に聴こえる音が減っているということです。
そして、多くの難聴者が、生活する上で最も困っているのが、音量よりも語音明瞭度が下がることなのです。
なぜなら、音量は補聴器を装着すればカバーできるけれど、語音明瞭度は改善できないからです。
今回は、この語音明瞭度の不満をぶちまけたいと思います。
目次
■聴覚障害の認定基準
日本の聴覚障害の認定基準が厳しい話は前回お話しました。
➡ ナンチョーな私の気まぐれ日記(54)とても厳しい日本の聴覚障害の認定基準
前回訴えた厳しさは、純音聴力検査(音が聴こえたらボタンを押す検査)の数値についてでした。
日本もWHOの障害基準に近ければ 語音明瞭度まで考える必要はないかもしれませんが、厳し過ぎて地獄を見た経験を持つ私は、これは声を大にして言いたい。
「語音明瞭度が低い人も救って!」と。
前回話した通り、両耳70dB以上という基準はかなり厳しいです。
この厳しい音量にラインを引くならば、語音明瞭度も考慮しなければ、実生活では完全な障害者なのに何の配慮もしてもらえないということになります。これは地獄です。
下記は 日本の聴覚障害等級の内容です。

表の記述の中で “括弧書きの文章” は、後述しますが、過去の名残で 現在の判定には関係ありません。
ちなみに聴覚障害には1級と5級はありません。
聴覚障害者で1級の人は、聴覚以外にも障害がある人です。
この認定基準を見ると、純音検査の基準値(dB)については各等級に記載があります。
ところが、語音明瞭度は4級のみにしか記述がありません。
ここで不思議なのが、語音明瞭度も純音と同じく段階があるのに「6級には記述がなく、なぜ、いきなり4級なのか?」です。 これについては、後で話をします。
その前に、語音明瞭度の判定に使う数値を“最良”としていることに文句を言わせていただこうと思います。
■語音明瞭度の判定に『最良』の数値を使う理不尽さ
私達が普段生活をしている環境は、静かな環境も無音ではありません。
都会はあちこちで人工的な音がしていますし、田舎も自然界の音に満ち溢れています。
言い換えると、私達は雑音の中で生きています。
難聴の判定に使う「語音明瞭度」の数字は、防音室で、ヘッドホンから流れる耳元の音を聞き取った結果です。
そして、この検査は、最良の数値を出すために、音量を上げ続けます。怒鳴り声レベルやそれ以上の音を聴かされることもあります。
そうやって出した数値の中で、最も良い数値を障害の判定に使います。
一般に 難聴者は、足りない音量を補聴器で補います。
語音明瞭度の「最良」は、補聴器で改善を目指せる限度の数字です。
聴覚障害者にとっては、このまま補聴器で頑張るか、人工内耳にするかを決める時の指標にもなるので検査自体はとても大事な検査です。
だけど、障害者の認定基準として使うには不適格な数字だと思います。
なぜなら、私達は防音室の中で生きているわけではないし、話す時は当然に相手と距離が出るので、検査と同じような雑音の無い環境で会話することがないからです。
補聴器には騒音抑制機能があるので、騒音の量をある程度コントロールできますが、補聴器は言葉を聞くだけでなく、安全に生活するために装着するので、周りの音も入らねば危険です。
要するに、検査室と同じレベルで聴こえることは決してなく、実生活では語音明瞭度は確実に下がるのです。
どれぐらい下がるかというと、難聴度によっても違うとは思いますが、私の実体験では、比較的静かな環境でも20~30%は落ちてしまう印象です。
最良語音明瞭度が60%あったとしても、普段の生活では30~40%しか聞き取れていないという感じでしょうか。
しかも、30~40%聞き取れると言っても、これも健聴者の耳とは全く異なります。
健康な耳の人の場合、聴こえた音は はっきりしています。なので、30~40%しか聞き取れない環境下でも、はっきり聴こえた音を頼りに言葉を推測することができます。
ところが、難聴者の場合、検査で正答した語音でさえも歪んで聴こえているケースが多いため、30~40%は聞き取れているというよりも、音を推測している感じです。
要するに、難聴者は、曖昧な音を頭フル回転で推測し、その曖昧な音で言葉を想像しているわけで、難聴者に聞き間違いが多いのは そのためです。
以前書いた 『難聴の不快症状【③音の歪み】のメカニズム』 の中で詳しく説明しましたが、難聴者の内耳の機能は正常ではありません。
そのため、言葉を推測する以前に、まず、音を拾うことに集中せねばなりません。音を聴く段階で、健聴者とは全く条件が異なるわけです。
語音明瞭度の検査は、健聴者には「これが検査?」と思うほど、とても簡単です。流れて来る語音を聴こえたままに回答するだけですから。
ところが難聴が進むにつれて、とても難しい検査に変わっていきます。聴こえる音が不鮮明なので耳を集中するだけでなく、脳も含めて全神経を音に集中して解読する感じです。
私は元々が健聴なので、難聴の耳と、健聴な耳とでは、全く違うということは断言できます。それは想像以上の違いでした。
とはいえ、難聴も個人差はあります。
内耳の破壊度が大きい人ほど、聞き取れないので、脳の推測量は増します。
私が語音明瞭度の検査を受ける時、音が聴こえるたびに「この音はどの語音に近いかな?」と一所懸命考えます。
「に」に聴こえるけれど、さっきの「に」とは微妙に違う気がする――検査では次々音が流れて来るので じっくり考える時間はなく、他の語が浮かばなければ「に」と答えます。
どちらが「に」だったのか、どちらも「に」ではなかったのかは、私には全く分かりません。
要するに、正答した発音の中には たまたま推測が当たったというものが混じっている可能性が非常に高いということです。
今の私の耳は 全ての音が不鮮明です。だけど今も0%にはなりません。何となくそう聴こえると勘で選ぶだけで、いくつかは当たるのです。
だけど、実際は、流れてくる全ての語音は50音の中には存在しない音です。無理やり想像して答えているので、私の本当の語音明瞭度は0%なのだと思います。
ちなみに、私は難聴者の中でも音の壊れ方が激しい可能性が高いです。
だけど、壊れ方に個人差があったとしても、感音難聴者の聴こえる音が正常でないことは、医学的にも確かです。
そんな不正確な耳なのに、実生活ではあり得ない防音室+ヘッドホンで検査し、聞き取りが悪ければ良い結果が出るまで音量を上げて繰り返し検査した結果の“最良”の数字を障害の判定に使う。
これはもう実態を完全に無視したあまりにも理不尽な判定の仕方だと思います。
せめて、普通の会話の音量である60dBでの正答率を目安にするか、生活音程度の雑音を流して検査するか、譲歩しても 判定に使う上限は大声レベルの70dBまでにすべきだと思います。
■なぜ語音明瞭度の基準が4級だけなのか?
これは、どれだけ調べても、理由は分かりませんでした。
直接専門機関に訊きに行けば分かるのでしょうが、そこまでのエネルギーはないので、複数のAIを使って情報を探しましたが、出てきませんでした。
一般に、純音聴力が落ちるにつれて、語音明瞭度も落ちます。
落ち具合には個人差がありますが、難聴が進めば大抵の人はどちらも落ちていきます。
進行性難聴の私が60dB台だった時の語音明瞭度は50%前後。
片方が45%だった時、もう片方が50%か55%位でした。
当時(障害認定基準に達していないけれど、自分が完全に障害者になってしまったと自覚した時)の私がどういう状態だったかをまとめると、下記の通りです。
●障害者の基準:純音検査(両耳70dB以上で6級障害)
私:片耳70dB超(73~75dB)、もう片方は68~69dB(1~2dB基準に足りない)
●障害者の基準:語音明瞭度(両耳50%以下で4級障害)
私:片方は45%、もう片方は50%か55%(基準に達するかの曖昧なライン)
どちらも片方の耳だけが、僅かに基準に達しないために健常者扱いです。
これは、障害者になった今でも腑に落ちません。
語音明瞭度の低下が生活に及ぼす影響の大きさは地獄です。
恐らく それが分かっているから両耳50%以下を6級ではなく4級にしたのだろうと思いますが、私が味わったような、純音検査も語音明瞭度も片方が少し足りないだけの人の場合、語音明瞭度の高い6級障害者よりも遥かに厳しい生活になります。
それにも関わらず、なぜ6級に語音明瞭度の基準がないのか? これは今でも疑問です。
4級のように純音と語音明瞭度をわざわざ分けて考える必要はなく、両耳60dB以上(もしくは65dB以上)且つ語音明瞭度60%以下(もしくは55%以下)という両者を組み合わせた条件を加えるのでも構わないのです。
とにかく、両方がギリギリの難聴者の生き辛さは、間違いなく障害級です。
日本の認定基準はそれ自体が非常に厳しいのに、更に両方がギリギリ基準に足りないがために障害者並みの苦労をしている人が弾かれている状態はあまりに理不尽だと思います。
なぜこんなことになったのか……AIに推測してもらいました。
以下は、AIがまとめた仮説です。私の意見は最後の項でまとめます。
(仮説1)難聴が重くなるほど「聞き取りの問題」が目立ちやすい
※これは突っ込みどころ満載なので説明は省きます。
(仮説2)どこかで「線引き」する必要があった……障害福祉の制度は、際限なく対象を広げられるものではない。「どこまでを支援の対象とするか」は、どこかで政策的な判断として線を引く必要がある。「語音明瞭度による救済ルートは、4級までは設けるが、それより軽い6級までは広げない」と意図的に線引きした可能性。
(仮説3)単純にそこまで詰めて設計されていなかった……この可能性も否定はできない。実際、当事者団体からは、現行の聴覚障害の認定基準が「防音室での機械的な検査だけでは、実際の生活での聞き取りづらさを十分に反映できていない」という指摘は出されている。制度が、必ずしも隅々まで論理的に整合性を取って作られているとは限らないというのは、行政の仕組みにはよくあることである。
締めくくりは、結局、本当の理由は分からない でした。
■新たに知ったことと、私の推測
複数のAIを使って調べていて 知ったのですが、聴覚障害の等級基準は、1916年(大正5年)に施行された『工場法施行令』の影響を受けているようです。
工場法は日本初の本格的な労働者保護法で、現在の労働基準法における障害補償の出発点ですが、身体障害者障害程度等級表もこれに由来しているようです。
ちなみに、身体者障害福祉法が施行されたのは1950年(昭和25年)です。
等級制度を開始した当初は まだオージオメータが普及していなかったため、「聴取距離測定」(医師による話声や大声で測定する)で等級を決めていました。
現在はオージオメータを使うのが当たり前になったので、純音検査や語音聴力検査の結果で判定しますが、等級表を確認すると「聴取距離測定」時代の条件が括弧書きで残っています。
今でも記載を残しているのは、難聴の程度が誰にでも分かるように残しているだけで、あくまで参考の記述のようです。ちなみに この「聴取距離測定」の記述内容は、労災の聴覚障害等級とよく似ています。
この「聴取距離測定」の基準となっていた文章を読むと、「話声語を理解し得ない」など、理解という言葉が使われています。そもそも、音が聴こえるかどうかと、話の内容が理解できるかどうかは別物です。
なので、話を理解できるかを確認していた昔の方が実情を見ていたと言えます。
そこから考えると、一律純音検査だけに変更してしまえば、認定取り消しになる人もいたのではないかと推察できます。
語音明瞭度の条件が4級に入っているのは、そういう人の救済措置だということは想像できることです。
だけど、なぜ50%に線引きしたのかの明白な根拠は調べても出てきませんでした。
繰り返しますが、語音明瞭度が50%以下の人を4級相当としたならば、その時点で6級相当の人がいることには気づいていたと思うのに、なぜ6級で語音明瞭度を考慮しなかったのかは大きな謎のままです。
すると、先ほどのAIがまとめた(仮説2)の あまり対象者を広げたくないというのが本音なのかなと思いました。
とはいえ、現在も明らかに見直しが必要な部分を見直さないというのは、あまりにも酷い話だと思います。
結局、一番知りたかったことは何も分からず、理不尽な制度であることを再認識しただけになってしまいました。
理由はどうであれ、情報保障を必要としているレベルの人が零れ落ちてしまっているのは大問題です。
語音明瞭度の重要性にも目を向けてもらえることを切に願います。
今回も最後まで読んでくださりありがとうございました。
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