難聴の不快症状のメカニズム、最終回は『音の歪み』です。
※1回目『耳鳴り』→ 難聴の不快症状【①耳鳴り】のメカニズム
※2回目『聴覚過敏』→ 難聴の不快症状【②聴覚過敏】のメカニズム
穏やかな低音のはずの音が甲高く聴こえる。
音楽のメロディの音程が狂って聴こえる。
ピアノの同じ鍵盤を弾いても、左右の耳で音程が違って聞こえる。
エコーがかかったように二重に聞こえる。
こういった音の狂い(音が実際とは違って聴こえる)は、難聴者には珍しいことではないのですが、健聴者にはあまり知られていません。
この音の狂いは、言葉の聞き取りにも影響します。
私は難聴の中でも狂いが大きいようで、今では正常な音に聴こえる音は皆無です。
左右で聴力が落ちるスピードが違っていたので、片耳の低音が正常だった時に、聴力検査の機械(オージオメーター)を使って、左右の耳で音を聴き比べたことがあります。
低音域が正常だった左耳では 普通の低音に聴こえる音が、難聴が進んだ右耳で聴くと甲高い機械音に聴こえ、あまりの音程の違いに 何度も「同じ音ですか?」「本当に同じ音ですか?」と聞き返してしまいました。
程度の差はあるにせよ、感音難聴になると 音が狂ってしまうのです。
目次
■難聴の『音の歪み』とは?
難聴者の多くは音の歪みに悩まされています。
『音の歪み』とは、音割れだったり、二重に聴こえたり、音程がずれて聴こえるなど、実際とは異なる音に聴こえてしまうことです。
主な原因は、内耳の「有毛細胞」が損傷して、音の振動を正しく電気信号に変換できなくなるために起きます。
内耳で音が正常に処理されず、不正確な電気信号(音情報)が脳に伝わるのです。
耳の知識が全く無いと分かりにくいので、知識の無い方はこちらの記事を参考にしてください。
→ 耳は、音をどのように聞き分けているのか?
耳の奥の内耳(蝸牛)には、音を感じ取る有毛細胞が並んでいます。
この有毛細胞が破壊されると、音の正確な情報が伝わらなくなり、音が割れたり、本来の音と違って聴こえたりします。
また、音を伝える神経回路の問題も、脳へ正確な電気信号が伝わらず、音の歪みを引き起こします。
音楽の音程のずれを訴える難聴者は少なくありませんが、特定の音程の細胞が損傷すると、脳がその音程を正確に認識できなくなり、ずれて聴こえてしまうのです。
※有毛細胞が想像しにくい方は、こちらの記事を参考にしてください。
→ 耳の有毛細胞の姿と働き
■どういうメカニズムで音に狂いが生じるのですか?
音が狂って聴こえる原因は、内耳にある有毛細胞のダメージの影響であることは前述の通りです。
それにより以下のようなことが起こります。
●音の「選別精度」が落ちる
蝸牛の中では、音の高さ(周波数)ごとに担当エリアが決まっていますが、有毛細胞が傷つくと、その境界線がぼやけ、隣のエリアの周波数まで一緒に拾ってしまいます。
その結果、音がぼやけたり濁って聞こえたりします。
「さ」と「た」のような似た音が区別できなくなるのもこのせいです。
●音の「時間的な精度」が落ちる
健康な耳は、音の立ち上がりや切れ目を瞬時に検出できます。
有毛細胞が傷つくとこの精度が落ち、言葉のテンポについていけなくなります。
ゆっくり話してもらえば聞き取れるのに、普通の速さだと聞き取れないのはこのためです。
難聴者が、聞き返したり、「ゆっくり話してください」という背景には、こういう耳の不具合があるのです。
ちなみに難聴当事者の私の体感では、聞き取れない言葉が増えると、言葉の推測作業に脳は大忙しなのですが、早口だとその推測作業が追いつかないという感じでした。
更に、前回の『聴覚過敏』の話の中で、外有毛細胞が損傷すると、小さい音は聞こえないのに、大きい音は突然うるさく感じる『補充現象』が起こると話しました。
音が響くというだけでも苦痛なのに、脳に届く音が狂っているのですから 辛いのは当たり前です。
この狂いは『音楽』では更に深刻です。
■音楽の音程がめちゃくちゃに聞こえるメカニズム
音楽の狂いも、言葉の狂いも、同じメカニズム(周波数分解能の低下)が根本にありますが、音楽の音程認識には「倍音の処理」が加わるため、より複雑に崩れます。
楽器の音も 人の声も、単一の周波数で鳴っているわけではありません。
ピアノで「ラ(440Hz)」を弾いたとき、実際に鳴っているのは、基音440Hz(音程の基準)、第2倍音880Hz(オクターブ上)、第3倍音1320Hz(1オクターブ+5度上)、第4倍音1760Hz(2オクターブ上)……と複数の音が鳴っており、脳はこの倍音の「パターン」を丸ごと読み込んで音程を認識しています。
【難聴による『音程の歪み』の3つのメカニズム】
①倍音パターンの欠損・不均一
有毛細胞の損傷は、蝸牛全体に均一に起きるわけではありません。
特定の周波数エリアだけ集中して壊れます。(※高音域のケースが多いです)
すると倍音の一部だけが欠けたり弱くなったりして、脳が受け取るパターンが本来と違う形になります。
(事例)「ラ」を弾いたのに880Hzが欠けた不完全なパターンが脳に届き、音程の認識が不安定になるといった具合です。
余談ですが、私の難聴は、障害者になるまでの進行過程では、正常に聴こえる音と、失聴している音があって、周波数による聴こえの差が極端に違う難聴でした。自分の体験ではこの音の抜けによる音程の変化は理屈抜きに感じていました。
②蝸牛の周波数マップ、トノトピー(Tonotopy)の乱れ
蝸牛の中の「どこが反応したか」で音程を判断する仕組みがあることは既に話した通りです。
有毛細胞が損傷すると、本来反応すべき場所の隣の細胞が代わりに反応し始め、これが音程のズレを引き起こします。
(事例)「ド」を弾いたのに「ド♯」付近の細胞も反応して、音程がぼやけるなどです。
③複聴(Diplacusis)
両耳の損傷の程度が異なる場合、左右の耳で異なる音程として認識してしまいます。
例えば、片耳は正しい音程、もう片方の耳にはわずかにずれた音程が聴こえた場合、両方の情報が脳で混合され、和音なのに不協和音のように聴こえたりします。
【言葉の歪みと、音楽の歪みの違い】
違いは「脳が補完できるかどうか」です。
言葉は文脈で補えますが、音程は補完が効きません。
例えば、言葉は脳が文脈・経験・予測で欠損を補ってくれます。
しかし音楽の音程は、1音1音が独立して意味を持ち、しかも人間は半音まで区別する精密な作業をしています。
そのため、倍音パターンが少し崩れただけで、脳は「知らない音程」と判断してしまい、補完が効かないのです。
ちなみに、言葉も、意味は補完できても、声の質までは補完できません。
そして悲しいかな、補聴器は音量を増幅するだけで歪みの改善はできないし、人工内耳も周波数分解能が健常な耳より大幅に低いため音程の再現は難しく、音量は戻っても、音楽の「美しさ」まで取り戻すのは難しいのです。
■3つの症状(耳鳴り・聴覚過敏・音の歪み)は同時に起きることはありますか?
難聴の状態によって違いますが、同時に起きることは珍しくありません。
この3つの症状は、根本的なメカニズムを共有しているので、内耳の問題で後天的に発症した難聴者には多いとされています。
3つの症状を改めてまとめると
『耳鳴り』……存在しない音を脳が作り出してしまう
『聴覚過敏』……実在する音が過剰に増幅されてしまう
『音の歪み』……実在する音が別の音として変換されてしまう
となり、難聴者の聴こえはかなり複雑です。
何れも「内耳の損傷 → 脳への誤った信号・過剰な信号 → 脳の誤作動」という共通の流れがあり、耳だけの問題ではなく、脳と耳のシステム全体の問題として考えるべき症状だと言えます。
3回に分けて説明した「難聴の不快症状」については、以上となります。
難聴者が抱えている複雑な聴こえの症状について、少しでも知っていただけたら嬉しいです。
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1回目『耳鳴り』→ 難聴の不快症状【①耳鳴り】のメカニズム
2回目『聴覚過敏』→ 難聴の不快症状【②聴覚過敏】のメカニズム
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