ナンチョーな私の気まぐれ日記

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ナンチョーな私の気まぐれ日記(31)『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』を久々に読んで

小説『デフ・ヴォイス 法廷の手話通訳士』のドラマが この冬 放送されることになりました。聴覚障害者を扱ったミステリー小説です。私がこの小説と出会ったのは5年ほど前。その頃の私は「聾(ろう)」に関しては無知で、聴覚障害者が「聾」の定義で揉めて...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(30)聴覚障害の認定基準について思うこと

今回は、軽度から重度手前まで それぞれの聴こえを 時間をかけて味わってきた私が感じる聴覚障害の認定基準の不思議について語りたいと思います。これまで語ってきたこととも重複しますが、これは伝わるまで何度でも話したいことなので、ぜひ読んで考えてい...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(29)下山する悲しみ

前回の「ナンチョーな私の気まぐれ日記」では、進行性難聴であるがゆえの過去の苦悩を書きました。今回は ゆっくり進行性だったがゆえに耳を諦めきれずに『聴こえないと完遂できない仕事』を続けてしまって 追い詰められた話です。 ■難聴もいろいろ 難聴...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(28)明日は聴こえているかな?

20代の時に進行性難聴を発症した私はその日以来恐怖の毎日を送っています。最初の一歩は爆音級の耳鳴りと一部の周波数の聴力低下程度でした。発症時の難聴は軽度だったので、耳鳴りさえおさまれば元の生活に戻れるのではないかと、わりと軽い気持ちでしたが...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(27)音声を文字にしてくれるアプリに望むこと

私たちが会話を楽しむ時、必ずしも正しい文法や言葉で話しているわけではありません。主語が抜けることはしょっちゅうあるし、何の前置きもなく突然話が飛ぶこともあります。言い間違いもします。だけど完璧でなくても、何となく察して話を理解しています。 ...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(26)字幕に感謝

私はテレビをよく見ます。難聴になったことで、一時期はテレビ離れしましたが、字幕が増えたおかげで再び見るようになりました。但し、見ない番組はあります。メロディが聴こえないので音楽番組は見ません。ドラマや映画やアニメは好きですが、字幕が無いもの...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(25)難聴の初期症状(私の場合)

私は20代発症の難聴者です。それまでは普通に聴こえていたので、難聴の始まりはショックなだけによく覚えています。 ひとえに難聴と言っても、発症の原因も過程も症状も聴こえ具合も人によって違います。私のようにある日突然鳴り響き出した大音量の耳鳴り...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(24)聞き取れないってどんな感じ?

難聴と聞くと単純に音が小さい状態を想像するけれど、それだけではありません。多くの難聴者が苦労しているのは言葉が聞き取れなくなることです。音が小さくても、音がクリアならここまで苦労はしません。音が不鮮明だから苦労しています。この聴こえの不便さ...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(23)障害児教育について思うこと

インクルーシブ教育についての記事を最近読んで、自分が小中学校の時にクラスにいた障害児童のことを考えた。 私はインテグレーション教育はよく耳にするけど、インクルーシブは知らなかったので、何が違うのだろうと調べてみた。インクルーシブ教育とは「身...
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ナンチョーな私の気まぐれ日記(22)「障害を受け入れる」のは当事者よりも周り

誰でも昨日まで当たり前に持っていて、当たり前に使っていた身体機能や能力を失えば落ち込む。ある日突然失う衝撃はとてつもなく大きい。少しずつ失う運命というのも残酷で、1回の衝撃は小さいものの、それが永遠に続くため不幸の道をまっしぐらみたいな不安...
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