ナンチョーな私の気まぐれ日記(28)明日は聴こえているかな?

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ナンチョーな私の気まぐれ日記

20代の時に進行性難聴を発症した私はその日以来恐怖の毎日を送っています。
最初の一歩は爆音級の耳鳴りと一部の周波数の聴力低下程度でした。
発症時の難聴は軽度だったので、耳鳴りさえおさまれば元の生活に戻れるのではないかと、わりと軽い気持ちでしたが、実際は進行性のヤバい奴でした。
いつまで経っても耳鳴りが止むことはなく、やがて徐々に聴力が落ち始め、聴力低下は今も止まりません。

私の毎日は、恐怖の目覚めから開始です。
目覚めたら聴こえなくなっていることが多いので、目覚める時はドキドキです。
いつからか「今日は聴こえているかな?」と心配しながら目覚めるのが当たり前になり、目覚めたら直ぐに声を発して音が聴こえるか確かめるのが習慣になりました。

そして、長い年月をかけて一段ずつゆっくり階段を降りるように低下して、今では立派な聴覚障害者になりました。
発症以来、ここに至るまでの私は、精神的に落ち着いたことは一度もなく、常に不安の中で生きてきました
もちろん今も進行は止まっていないので、完全失聴にビビリながら生きていますが、精神的に一番辛かったのは今ではなく、誰の助けも無いままに健聴者として生きねばならなかった中等度時代でした。

重度はまだ未経験ですが、軽度→中等度→高度とそれぞれ時間をかけて経験してみて思うのは、各段階には各段階の苦しみがあるということです。
但し、私の発症時(軽度時代)は、突然始まった爆音級の耳鳴りで気が狂いそうになっていたので、難聴に対してはその後に比べるとまだ楽観的でした。
中等度からは聴力低下の深刻さが増して、この頃を振り返ると、暗い森の中を1人でトボトボさまよい続けているような不安を思い出します。とにかく先に何があるか分からない暗く不安な道を歩いている感じで、その暗さは低下が進むに連れて増していきました。

今日はその頃の事を思い出しながら、進行性難聴のことを語りたいと思います。

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■私の難聴

難聴にもいろいろあって、先天性の人もいるし、後天性でも一気に聴力を落として固定している人もいます。
片耳だけの難聴の人もいれば、両耳難聴の人もいるし、左右の聴力差も人さまざまです。

そして、私は大人になってから発症した進行性の難聴です。
発症時の診断は原因不明の「両耳感音難聴」というだけで、進行性難聴と言われたことはなく、そのため当時の私は治すことを諦めず、いつかは治るつもりでいました。

ところが、その後も聴力は低下し続けました。
私の場合、大きくダウンすることはなく、測るたびに部分的に数dBずつ落ちている感じなので、医師から見ると検査の誤差扱いとなるのか「前回と変わりませんね」と言われたり、「少し落ちているようだが、この程度は・・・」ということで「様子を見ましょう」という流れになるばかりでした。
そのため、耳を諦めるきっかけを掴めないまま、いつかは安定すると信じて生きてきました。

ちなみに、私の聴こえの特徴は、周波数(音の高さ)の聴こえの差が大きいことです。
中等度の時は、高音が失聴しているのに低音は正常という大きな差があり、低音が正常なせいで感覚的には音量不足はあまり感じなくて、語音明瞭度(言葉の聞き取り)の低下で追い詰められました。

また、音質の壊れ方が激しくて、人の声が機械音みたいな変な音に変わったのも早かったし、音楽のメロディがめちゃくちゃになったのも早かったです。
発音の聞き取りは、正常な耳の人は100%ですが、今の私は20~30%程度。
これは音量は補聴器でカバーできても、人が話している言葉は30%も聞き取れないということです。
そして中等度の頃の私はすでに半分ほどまで低下していました。

この言葉の聞き取りに関してのエピソードは別記事でも書いているのでここでは触れず、今回は “進行性”に重点を置いて話をします

ちなみに私の難聴の進行のスピードはかなりゆっくりな方だと思います。
進行の仕方も個人差がありますが、私の場合は3悪化すると1戻る感じで進行が進んでいます
具体的には、ある日突然、いつもとは違う耳鳴りが発生したり、耳鳴りの音割れが激しくなったりが起こります。
直に耳が詰まって聴こえないみたいな気持ち悪さが生じ始めます。
これが新たな低下の始まりで、聴こえの状態は毎日変化し、非常に不安定になります。
やがて、聴こえないという絶望的な状態に突入します。
たった数dBの低下は正常な聴力レベルなら気付かないほどの差ですが、聴力が低下するにつれてこの数dBの差は大きくなるので、昨日まで聴こえていた音が消失するといったショックな日も増えていきます。
そして私の場合は、そのまま一気に落ちていくのではなく、不安定な時期を越えると 一旦は安定します。
安定した時に感じるのは、さっき説明したように3悪くなって1戻るみたいな感じなので、聴力が低下しているにも関わらずちょっとホッとします。
でも確実に聴力は失われているので、私の体は変わってしまった新たな聴こえに慣れようと頑張ります。
ところがしばらくすると、またまた異常な耳鳴りと耳の詰まり感が出て、不安的期に突入し聴力を落とす。これを延々と続けています。
聴力を失う日々は、生活の不安に直結しているので、生きて行く自信を失ったこともあります。終点の見えない低下は一種の生き地獄です。
これは、耳に限らず、進行性の病の共通の苦しみだと思います。

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■不安定だから慣れることがない

人間の体は状況に適応しようと働きます。
私の体も難聴に適応しようと頑張っているのを感じます。

だけど、慣れるためには安定する必要があります。
症状が揺れ動く不安定な状態では 適応努力を繰り返しても、慣れることはありません
これもあくまで私の話ですが、難聴発症時からこれまでの人生を振り返ると、その期間の80%は聴力が不安定な状態にあります。
低下が始まると不安定になり、低下が治まると安定を感じる時間があるのですが、短いと1週間足らずで次の低下に進んでしまいます。
だけど、ごくたまに数ヶ月安定することもあります。
その時、私はどう感じているかというと、聴力がダウンした直後こそ落ち込みますが、その聴こえの状態に慣れてくると、聴こえないなりに自分の状態を把握しはじめ、気持ちも少し楽になってきます。
ただ、私の場合は、慣れて来たと思った頃には 低下が進むので、繰り返し不安な未来を突きつけられている感じです。
そして毎日の聴こえの状態は予測不能なので常に不安です。

この不安定な状態を続けていると、安定に憧れます
たとえ聴こえなくても、聴力が安定していて、今日も明日も同じなのであればどれだけ気が楽だろうと思うのです。
少なくとも「明日は今日と同じぐらい聴こえますように」と祈り続ける不安な日々からは解放されます。これは難聴に限ったことではなく、どんな病気でも、進行性は辛いと思います。
進行性の病気の中では、難聴は命に関わらないだけマシなのかもしれませんが、当事者は他者と比べて楽だと言われてもなんの慰めにもなりません
なにせ現実は健康な人もいるわけで、それに体の状態が同じだったとしても、取り巻く環境が違えば辛さも悩みも違いますから、精神的な負担を他者と比べることはできないのです。

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■毎日の日課

「なんとか進行を止められませんか」と、数年前にも病院に相談しました。
聴力低下し続ける人生というのは働く者にとっては過酷で、ちょっと音を上げてしまっての相談でした。
結果は相変わらず進行を止めることはできないということでした。

一気に失う残酷さも悲惨ですが、じわじわ絞め殺されるような日々をずっと続けるのも悲惨です。
私は、いつかは治る日が来ると信じて、健聴な時と同じように「聞く」ことが必要な仕事を続けてしまいました。これがまた自分を苦しめる原因になってしまいました。
通常は仕事の能力は経験と比例してアップするもので、難聴でも途中まではスキルを磨くことが出来ました。ところが聴力が低下し続けると限界が来ます。
聴力が必要な仕事で評価されている場合、聴力低下=能力低下です。
そういう仕事を続けていたので、進行がかなり進んでしまってからは毎日が針の筵でした。

私の場合、耳が悪化するのは、日中よりも夜眠っている時の方が多いので、いつしか眠るのが恐怖になっていました。
朝、目覚めた時に何とも言えない詰まり感が生じている時は、その日1日は最悪です。
昨日と同じなら、ほんとにホッとします。
精神は常に追い詰められた状態で、特に中等度の時は辛かったです。

私が朝目覚めて最初にするのは聴こえのチェックです。
毎日聴こえの状態が違うので、目覚めとともに「あ、あ、あ、あ、あ」と声を発して聴こえるかを確認します。
いつも通りならホッとするし、いつもより聴こえなければ血の気が引きます。
詰まり感が酷い時は 聴こえの状態は最悪で、あまりの聴こえなさに「どうしよう」と焦ります。こんな日に大事な会議や商談がある時は、朝からドーンと落ち込みます。

そして、朝の通勤電車で聴こえのチェックをするのも日課の1つです。
通勤で使う電車の中に自動アナウンスの電車があって、毎日同じ声でアナウンスが流れるので、このアナウンスで本日の聴こえのチェックするのです。
同じ声のはずなのに、これがまた日によって違うのです。
流れている声はナチュラルな女性の声です。
調子が良ければ穏やかに聴こえますが、調子が悪い時は、機械のようなキンキン声だったり、最悪の時は途切れ途切れの雑音状態で、同じ音声のはずが かなり違って聴こえます。
そのアナウンスの聴こえの状態をチェックして、その日の覚悟を決めるわけです。

今は得意先と会話が生じる仕事からは外してもらっているので、ずいぶん気が楽になりましたが、身体障害者手帳を取得するまでは「難聴だからフォローを」とお願いしても「何を甘えているんだ」という反応しか返って来ず、地獄でした。

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■進行性で感じた難聴の伝わりにくさ

進行性難聴のもう1つの苦労は、低下が見えないことです。
さすがに音の反応が鈍くなった障害4級の今の私だと、呼ばれても常に無反応なので、周りも「聴こえない」と分かりますが、中等度の時は音には反応するので、難聴だということ自体が伝わらなくて困りました

それに加えて、進行性の場合、この前まで何とか会話できていた人が、ある日突然無理になることがあるのですが、聴力が落ちたと説明しても相手の顔から怪訝な表情は消えません。
そりゃそうですよね。
私自身が自分の聴こえていた状態を鮮明に記憶しているように、他人は聴こえていた私が当たり前でその記憶を鮮明に残しているのですから。
仕方がないと分かっていても、相手の表情を見ると結構 凹みます。

今の私の聴力は両耳80dB台ですが、ここまで落ちて思うのは、もしもいきなりこの聴力まで落ちていたらどうだったかなということです。
今の聴力は補聴器無しでは聴こえません。
健聴からいきなりこの聴力までダウンしたら、たぶん失聴したと感じると思います。
これは人生いきなり奪われる級のショックなので、自分が耐えられたかどうかは想像できません。

それだけ いきなりというのはキツイのですが、それならば比較的ゆっくりな進行性難聴の場合はマシなのかというと、これはこれで種類の違った苦しみがあります。
1回の衝撃は小さいので、確かに途中まではゆっくりで良かったと思っていましたが、それはここで進行が止まれば何とか生きていけるとの淡い期待に支えられてのこと
ところが止まるどころか、何をしても聴力低下は止められず、足掻くだけ足掻いて結局進行を止められなかった私が振り返って思うのは、ずっと苦しみ続けた道のりは すごく苦しかったということです。

そして、この苦しさは、私の場合は中等度の時がピークでした。
というのも、難聴だけどそれを障害とは思っていなくて、健聴時代と同じように「弱音を吐くな」「聴こえない分、倍努力すれば良い」と励ましながら生きていたからでした。
諦めたら楽になるのですが、私の場合は諦めたら心が折れてしまいそうで、そうなると生きて行けないため必死に突っ張って生きてきた感じです。

だけどやがてはそれにも限界が生じます。
限界は、私の場合は手帳取得前に来ました。
60dB台後半以上になると、呼んでも無反応な事が増え、その頃になると周りも私が聴こえていない事に気づき始めます。

そこに至るまでは、補聴器をすればの条件付きであっても、音に対して何かしらの反応を示すので、聴こえないことが伝わらなくて困りました
伝わらないからフォローをしてもらえません
フォローしてもらえないので、仕事は綱渡りになります。
仕事でミスをする前に職を変えようと思っても、ここまで低下してしまうと、新たな職探しは困難だと気付きます

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■難聴者全員が救われる社会になって欲しい

今、振り返っても、中等度の後半は追い詰められた記憶しかありません。
いつもは聴力低下は涙ですが、障害認定基準に数dB足りないレベルの時は、苦し過ぎてはじめて低下を心待ちにしました。
理由は万が一失業しても障害者雇用が使えるので路頭に迷わないで済むであろう安心感と、情報補償(要約筆記や手話等)を受けられる安心感でした。

ただ、情報補償は仕事で使うことはできません。
会社の障害者へのフォローは会社の役割だからです。
現状ではほとんどの会社は障害者の配慮に無関心ですが、この配慮が義務化されれば、今は音声を文字化するシステムがあるので、そういうシステムの導入により手帳を持たない難聴者も救われる可能性が高くなります。
この音声の文字化は、障害に関わらず、議事録作成に役立てたり業務上での進化も期待できるので、社会に浸透すれば働きやすくなる可能性も高まるので期待しています。
難聴は働くうえで、ほんとうに不利です。
世の中が、障害者かどうかで線引きした配慮ではなく、難聴者全員が救われる社会に変わることを心から願います

最後に一言。
私と同じ進行性難聴の人は、これ以上、聴力は失いたくないと思っていると思います。
普通に会話できないレベルまで落ちた私でさえ、少しでも音が残って欲しいと願っているぐらいですから、中等度通過中の難聴者の思いはもっと強いはずです。
そこを通過し終えた先輩として助言するならば「進行性の自覚があるならば、さっさと諦めましょう」ということです。
言い換えると「今は聴こえていても、失聴したと思って人生を描け」ということです。
諦めても諦めなくても結局は同じゴールなので、さっさと諦めた方が良いです。
難聴者が耳を諦めることは負けではなく、勝つための一歩なのだと思います。
進行が止まればラッキー。それぐらいに思っていた方が人生は楽しいです。
失敗した私が偉そうなことを言うのは変ですが、失敗したからこそ、そう思います。

今回も最後まで読んでくださりありがとうございました。
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[前回のナンチョー日記]
  ↓
ナンチョーな私の気まぐれ日記(27)音声を文字にしてくれるアプリに望むこと

[次回のナンチョー日記]
  ↓
ナンチョーな私の気まぐれ日記(29)下山する悲しみ

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